二千段目の体温
「あけましておめでとー。今年は帰ってきてるんだろ?
明日空いてたら初詣でも行こうぜー。」
年明け、一番最初に連絡をくれたのは、高校時代の柔道部の、豪太先輩だった。
高校を卒業してからは、先輩は地元で就職、俺は上京して専門学校に通っていた。
それでも帰省した時には必ず会っていたんだけど、去年は就職活動を理由に帰らなかったから、先輩と会うのは、その前の年の8月以来、1年半振りだった。
「初詣かー…折角だから成人式の時に着ていった着物でも着て行こうかな。先輩、似合うって言ってくれるかな、ムフフ」
妙に気合いを入れて、翌日、約束の場所に向かった。
町外れにある神社。高校時代は、部活の練習でよくここの階段を使っていた。
上まで二千段。
入部したての時は半分登るのにも必死だったなぁなんて、思い出に浸りながら待っていたら、先輩がやって来た。
「おーす、和博、久しぶりー…って、お前も着物かよ!」
なんと先輩まで着物を着ていた。
「お、お揃いっすね、すごい偶然。それに…」
しかも、羽織の色が俺と同じ。何の打ち合わせもしてないのにこんな事があるなんて。
「コレさー、錆浅葱っていうんだって。こういう色好きでさ、オレ。
結婚式で着たのがあったから着てきたんだけど、お前まで同じ色のもん持ってるとはなー。アハハ」
軽快に階段を登っていく先輩。俺は大分後ろでゼエゼエ言っていた。
「ちょ、ご、豪太先輩っ、待って、は、早いっすよ、ハァ、ハァ」
「何だよ、随分体力落ちたなお前。」
「そ、そりゃそうっスよ、引退して何年も経ってるんだから、ハァ、ハァっ」
「ほれ、もうちょっとで頂上だぞー」
いつの間にか先輩は階段を登り終えて、上で手を振っていた。
「あーもう、ちくしょーーーーー!!」
最後はヤケになって、残った体力を全部使って階段を駆け上った。
が。
「うわっ!!」
最後の1段に足を引っ掛けて、思いっきりバランスを崩してしまった。
「あぶな…っ!」
「大丈夫か?」
気が付いたら、先輩の着物の、緑色がかった綺麗な青が、目の前にあった。どうやら、とっさに先輩が支えてくれたらしい。
「あ、す、すみません、
…豪太先輩?」
もう支えてもらわなくても大丈夫だったのに、先輩が放してくれなかった。
寄りかかった先輩の体が、やけに温かかった。
……ずっと、憧れてた。
卒業式の時も、上京する時も、
先輩と離れるのが嫌で、いつも泣いてしまってた。
3年前に先輩が結婚した時なんて、式の後、どれ程泣いただろうか。
もう諦めてたのに、先輩の体が、温かすぎた。
「先輩…」
先輩の体を、ギュっと引き寄せた。
「今日だけでいいんだ」
ずっと黙っていた先輩が、小さな声で呟いた。
「今日だけでいいんだ…、オレのこと、先輩って言わないで、名前で呼んで欲しいんだ、豪太って。
和博が東京に戻ったら、またいつもの生活に戻んなきゃいけないから…。
今日だけで、いいんだ。」
そう言って先輩は、俺の体をさっきよりもきつく抱きしめた。
二千段目の階段から見える景色には誰もいなくて、ただ、同じ色の影の2人が重なっていた。
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